住 — LIVING

暮らし

九尺二間の裏長屋、共同の井戸と惣後架、湯屋、そして「持たない暮らし」を支えた損料屋。世界有数の人口密度で暮らした江戸の住まいの知恵は、現代のミニマリズムやシェア経済の先祖にあたる。

棟割長屋の一室を復元した展示。竈・水甕・箱膳が並ぶ
棟割長屋の一室(江戸後期)の復元展示。九尺二間の内に竈、水甕、行李、箱膳、簞笥までが収まっている。押し入れがないので、寝具は昼のあいだ部屋の隅に積み上げておくほかなかった。撮影: Daderot。画像: Wikimedia Commons(CC0)

この間口の項目

間引きまびきと、子ども時代の終わり→

子育て・第二回 避けて通れない話と、働き始める齢

墓と、その後も続く支払い→

葬式と墓・第二回 石の墓を持てた層と、持てなかった層

腕を売る仕事→

江戸の仕事・第二回 職人の手間賃、女の稼ぎ、そして腕一本の裏側

疫病えきびょうと、病がもたらす貧困→

病と医者・第三回 疱瘡と麻疹、まじない、そして病が家計を壊すこと

薬と、医者にかからない治療→

病と医者・第二回 薬種商、按摩・鍼・灸、そして家の中の手当て

厠かわやと下肥しもごえ→

長屋の惣後架に溜まったものは近郊の百姓が銭を出して買った。大家の収入源だった排泄物の経済。

洗濯と洗い張りあらいはり→

洗うたびに縫い目を解いて反物に戻す。着物という可逆設計と、洗濯板が無かった時代の洗い方。

化粧と身なり→

白粉の白、紅の赤、お歯黒の黒。三色しかなかった化粧と、鉛白粉が体に与えた害。

犬猫と小鳥→

生類憐みの令は犬だけの話ではなかった。鼠捕りの猫、町犬、金魚売り、鶯の鳴き合わせ。

損料屋そんりょうや→

布団から鍋釜まで「ちょっと借ります」。江戸のサブスク・レンタル業。

長屋ながやと大家おおや→

九尺二間の暮らしと、大家と店子の関係。

湯屋ゆや→

毎日通う銭湯は、江戸のサードプレイスだった。

上水じょうすいと井戸→

長屋の井戸は掘り抜きではなく、上水を汲む枡だった。

ごみとリサイクル→

捨てるものが無かった町。倫理ではなく採算が回した循環。

火事と火消しひけし→

水ではなく壊して守る。破壊消防といろは組。

銭ぜにの使い方→

日銭で暮らし、貯めなかった。庶民の家計の実際。

着るもの→

新品の着物は高すぎた。だから古着が主流だった。

病と医者→

医者になるのに免許は要らなかった。

子を育てる→

子どもの死が日常だった時代の、育てるということ。

稼ぐ→

棒手振りから紙屑買いまで。驚くほど職業の種類があった。

弔いと墓→

寺請制度によって、死は必ず寺を経由した。

隣の間口にもまたがる項目

主の間口は別だが、この面からも読める記事。一つの営みは、たいてい二つの間口に足をかけている。

長屋ながやの一日→

主は「人 — ひと」 明六つの鐘で起き、夜四つの木戸で閉じる

まじないと信心しんじん→

主は「人 — ひと」 神も仏もまじないも、同じ人が同時に使った

女の稼ぎかせぎと学び→

主は「人 — ひと」 名の付いた仕事は確かにあった。読み書きは、家によってまったく違う形で届いた

隠居いんきょしてからの暮らし→

主は「人 — ひと」 伊能忠敬は隠居してから測量を学び直した。だが働けなくなり、支える身内もいない老人には、受け皿が乏しかった

食文化の全体像→

主は「食 — たべる」 白い米を食べられるようになったことが、病を生んだ

全項目が五つの窓(しくみ/江戸と今/同じころ世界では/アジアのいま/広告と評判)と出典・確度欄を備える。

版 20261023 0727