遊 — あそび / 制 — しくみ

賭けごと — 禁令と、それでも続いた賭け丁半、かるた、取り締まりのいたちごっこ

江戸時代の賭博は、御法度である。これは間違いない。幕府は繰り返し博奕を禁じ、罰した。ところが、その「繰り返し」こそが問題なのだ。一度で足りる禁令を、なぜ何度も出さなければならなかったのか。答えは単純である。守られなかったからだ。禁令の反復は、統治の強さの証拠ではなく、賭博が根絶できなかったことの証拠として読むべきものである。この回では、その禁令の実態と、賽(さいころ)とかるたという二つの道具立てを見ていく。賭場の経営や富くじの裏側については、続く連作の第二回「賭場と貸元、そして富くじ」で扱う。

二代歌川国貞の双六。升目に場面が描かれる
二代歌川国貞による双六。賭けと遊びの線引きは、時代によって動いた。双六は正月の遊びとして許されたが、同じ賽を使う丁半は禁じられた。違いは賽の目そのものではなく、銭が動くかどうかにあった。画像: Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

しくみ① 禁令は何度も出た — その反復が意味すること

幕府の法体系において、博奕は明確に禁じられた行為である。寛保2年(1742)に成立した公事方御定書(いわゆる御定書百箇条)にも、博奕とその場を提供する行為に関する規定が含まれている。処罰は、犯行の態様、常習性、身分、関与の度合いによって異なり、単純な参加者と場を開いて利を得た者では扱いに差があった。刑の重さを一律に述べることはできない(確度★★)。

さらに幕府は、御定書とは別に、折々に触(ふれ)を出して博奕を禁じ、取り締まりを命じている。享保期にも、寛政期にも、天保期にも出ている。諸藩も同様に領内へ禁令を発した。

ここで冒頭の論点に戻る。法があるのに、なぜ触を繰り返す必要があるのか。行政の実務として考えれば理由は明快で、現場で守られていないからである。同じことは女髪結の禁令にも、奢侈禁止令にも、心中物の上演禁止にも当てはまる。江戸の法令史を読むときの基本的な作法として、繰り返し出された禁令は「その行為が広く行われていた」ことの傍証と見なすのが妥当である。

もう一つ、禁令の文面から読み取れることがある。禁止の対象が、単に「賭けること」ではなく、場を開くこと、宿を貸すこと、道具を売ることにまで及んでいる点である。これは幕府が、賭博を個人の悪癖ではなく組織的な営みとして認識していたことを示す。この点は、賭場という経営体を扱う次回でさらに詳しく見る。

なぜ幕府は賭博を嫌ったのか: 道徳的な理由だけではない。第一に、賭博は百姓の困窮を招く。田畑を質に入れ、質屋通いになり、最後は土地を手放す。年貢の基盤が痩せる。第二に、賭場は人を集める人別帳に載らない無宿が集まり、把握できない集団が形成される。第三に、賭博をめぐる争いは刃傷沙汰になりやすい。統治の観点から見れば、賭博は財政・治安・秩序の三方面に効く問題だった。

しくみ② 丁半博打 — 道具が少なくて済むということ

賽子(さいころ)を使う賭博の代表が丁半である。二個の賽を伏せた器の中で振り、出た目の合計が偶数(丁)か奇数(半)かを当てる。参加者は丁方と半方に分かれ、双方の賭け金が釣り合ったところで勝負が決まる。

この遊技が非合法の賭博に適していた理由は、道具が極端に少なくて済むことにある。賽が二個と、伏せる器と、金を置く布があればよい。すべて袂に入る。手入れが入れば道具を捨てて散ることができるし、場所も選ばない。空き家、寺の堂、山中の小屋、船の中。非合法の遊技は、非合法であるがゆえに軽装であることを求められる

ただしここで一つ注意しておきたい。丁半博打の場の情景として広く知られている描写——中盆が声を張り、壺振りが肌脱ぎで賽を振り、丁方と半方が対座する——は、その多くが近代以降の任侠物語や映画によって定型化されたイメージである。江戸期の史料にそうした光景の詳細な記録が豊富にあるわけではない。賽を使う賭博が広く行われていたこと自体は確実だが、作法や役割名の細部をそのまま江戸の実態として語るのは慎重であるべきだ(確度★★)。

賽を使う賭博には他にも種類があり、目の数そのものを当てる形式や、複数の賽を用いる形式など、地域と時代で呼び名も方式も分かれた。統一されたルールブックがある世界ではない

しくみ③ かるたと花札 — 禁じられるたびに姿を変えた

札を使う賭博の系譜は、日本の遊技史のなかでもとりわけ入り組んでいる。整理しておく。

出発点は南蛮渡来のカルタである。十六世紀にポルトガル人がもたらしたトランプ状の札が、日本で天正かるたとして国産化された。「カルタ」という語自体がポルトガル語の carta に由来する。これが賭博に用いられ、やがてうんすんかるたなど札数を増やした派生が生まれる。

そして幕府はこれらを禁じた。すると禁じられた札に似ていない新しい札が作られる。図柄を花鳥に変え、賭博の道具に見えないようにする。この過程を経て成立したとされるのが花札である。十二か月それぞれに四枚、計四十八枚。松に鶴、梅に鶯、桜に幕、と季節を配した図柄は、一見すれば風雅な遊びに見える。

ただし、花札の成立時期と成立過程には諸説あり、確定していない。江戸中期以降に段階的に形成されたとされるが、いつ現在の形になったかを一次史料で押さえるのは難しい。「禁令を逃れるために図柄を変えた」という説明も、系統としてはもっともらしいが、個々の変遷を厳密に跡づけたものではない(確度★)。広く語られる由来を、確定した事実として書かないこと

確実に言えるのは以下である。カルタ類が賭博の道具として用いられ、幕府がこれを禁じ、それでも札を用いる遊技は消えず、明治以降に花札が定着した——という大きな流れ。そして、禁止が遊技を消滅させるのではなく、変形させたという構造である。

札を使う賭博にはめくりと呼ばれる系統もあり、江戸後期には流行して禁令の対象となった。戯作や随筆に賭博の情景が現れることからも、都市の日常にこの種の遊技が浸透していたことが窺える(確度★★)。

江戸と今 — 禁じても無くならないものに、法はどう向き合うか

江戸の触が繰り返されたのは、賭博が根絶できなかったからだ——これが本記事の出発点である。同じ問いを現代に向けると、答え方は一つではないことが分かる。

一つの道は、線を引き直して合法の領域を広げることである。金銭を賭けない麻雀は娯楽であり、賭ければ賭博になる。この一線は、双六と丁半を分けた線——賽や札そのものではなく、銭が動くかどうか——とまったく同じだ。とはいえ友人内の少額の賭け麻雀が事実上黙認されているように、線そのものは時代とともに緩やかに動く。取り締まりを諦めたわけではないが、費用に見合わないものは実務上見逃す、という運用の知恵が働いている。

もう一つの道は、取り締まりを続けながら、需要そのものは消えないと割り切ることである。闇カジノや違法な賭博場が摘発されたという報道は、いまも周期的に流れる(確度★★)。この反復こそが、江戸の触の反復と同じことを語っている。禁令や摘発が繰り返されるのは、それが実効性を欠いているからではなく、禁じても需要が絶えないからだ。法は行為を消せない。行為を地下へ追いやるだけだ——花札が図柄を変えて生き延びたように、禁じられた賭けもまた形を変えて残る。二百年以上たっても、この力学は変わっていない。

同じころ、世界では — カードに課税し、公認の印を押した

賭博の道具そのものを法で追いかけるという発想は、江戸だけのものではない。ヨーロッパのトランプ(プレイングカード)の歴史も、規制といたちごっこを重ねてきた。

トランプが中東を経てヨーロッパに伝わった十四世紀後半には、早くも各地でカードゲームを禁じる布告が現れる。パリでは1397年、労働日にカード遊びに興じることを禁じる布告が出されたと伝えられる(確度★★、年次・詳細は文献により異同がある)。賭博の道具が広まった直後から、それを制限する法が追いかけるという順序は、南蛮渡来のかるたを幕府が禁じた構図とよく似ている。

もっとも入り組んだ経緯をたどったのがイギリスである。1710年代(アン女王の治世)にトランプへの物品税が導入され、税を納めた札にはスペードのエースに公的な証紙を刷ることが義務づけられた。ところが証紙の偽造が横行したため、1765年頃にはスペードのエース自体を国が指定した印刷者だけが刷るという仕組みに切り替えられている(確度★★)。偽造を取り締まるために、国が製造そのものを握ったというわけだ。この物品税は長く存続し、廃止されたのは1960年のことである。

並べて見えるのは、禁令であれ課税であれ、道具を通じて賭博を制御しようとする国家の努力は、必ずいたちごっこに発展するという構造である。日本は図柄を変えさせ、イギリスは証紙を刷らせた。どちらも、道具そのものを完全には消せなかった点で共通している。

アジアのいま — 花札は、海を渡って生き続けている

禁令によって図柄を変えられた花札は、実のところ絶えてはいない。むしろ、いまアジアでもっとも日常的に遊ばれているカードゲームの一つの祖先になっている。

韓国の花闘(화투・ファトゥ)は、日本統治時代に持ち込まれた花札がそのまま定着し、独自の変化を遂げたものである。四人以上で遊ぶ고스톱(ゴーストップ)という遊び方が国民的な人気を持ち、家族や親戚が集まる正月や旧盆に、少額を賭けて楽しむ光景が広く見られる(確度★★★)。図柄の花鳥は日本の花札とほぼ共通しており、禁令から逃れるために選ばれた「風雅な絵柄」が、そのまま国境を越えて受け継がれたという見方もできる。

一方、中国や東南アジアの多くの地域では、麻雀(麻将)に代表される牌を使った賭けごとが伝統的に盛んだが、営利目的の賭博は法で禁じられており、家庭内の少額の遊びと、商業的な違法賭博の間に線が引かれている(確度★★)。この線引きの構造は、江戸の双六と丁半の関係、そして現代日本の点数麻雀と賭け麻雀の関係と、驚くほど似た形をしている。道具が同じでも、銭が動くかどうかで合法と違法が分かれるという発想は、地域を問わず繰り返し現れる。

広告と評判 — 風雅な絵柄という表の顔

丁半博打には広告がない。当然である。賽と器と布さえあれば開ける非合法の勝負ごとは、口伝えと人の紹介だけで参加者を集めた。評判こそが唯一の広告媒体だった——あの寄合には賽の目を見る者がいる、あそこは手入れが来ない、という噂が、参加者を選び、場所を教えた。この評判のネットワークに記録は残らない。誰が丁半に興じていたかを、いまとなって具体的に追うことはほとんどできない

対照的に、花札には表の顔があった。季節の花鳥を配した意匠は、賭博の道具ではなく風雅な遊具として、扇屋や小間物屋の店先で堂々と売られた。松に鶴、萩に猪、芒に月——見立ての楽しみを備えた図柄そのものが、賭博道具である正体を覆い隠す広告になっていたと言ってよい。禁令が図柄を変えさせ、その新しい図柄がそのまま合法な商品としての体裁を調えた。取り締まりが、結果として最良の偽装を作り出したという皮肉がここにある。

だから花札そのものの商いの記録——値段や売れ行き——は残っていても、それを丁半のように賭けの道具として使った記録はほとんど残らない。表の商品と裏の使われ方が、記録の残り方において完全に非対称だったのである。

出典・確度 14件 最終確認 2026年8月27日 ひらく
  1. 公事方御定書が寛保2年(1742)に成立し、博奕および賭場開帳に関する規定を含むこと — 近世法制史の定説。関係資料は国立公文書館等で扱われる ★★★ [A: 定説・公的機関]
  2. 博奕に対する処罰が犯行の態様・常習性・身分・関与の度合いによって異なり、一律に述べられないこと — 法制史の共通理解 ★★ [B: 定説だが個別差大]
  3. 幕府が享保期・寛政期・天保期などに繰り返し博奕禁止の触を出し、諸藩も同様の禁令を発したこと — 近世法制史の定説 ★★★ [A: 定説・複数の触]
  4. 禁令の反復を「その行為が広く行われていた」ことの傍証と読む解釈 — 法令史の読解上の作法であり、本記事における解釈である ★★ [B: 解釈]
  5. 賽子を用いる丁半形式の賭博が行われたこと — 定説。ただし中盆・壺振り等の役割や作法の詳細な描写は、近代の任侠文芸・映画によって定型化されたイメージを多く含み、江戸期の実態としてそのまま扱うべきではない ★★ [B: 行為は定説/描写は後世の定型]
  6. 十六世紀のポルトガル人渡来を契機とするカルタの伝来と、天正かるた・うんすんかるた等の国産化 — 遊技史の定説。「カルタ」の語源がポルトガル語 carta であることも定説 ★★★ [A: 定説]
  7. 幕府がカルタ賭博を禁じ、そのたびに新たな札が作られたとされる変遷、および花札の成立過程 — 諸説あり確定していない。「禁令を逃れるために図柄を変えて花札が生まれた」という説明は系統としては広く語られるが、個々の変遷を一次史料で厳密に跡づけたものではない [C: 諸説あり]
  8. めくり等の札を用いる賭博が江戸後期に流行し禁令の対象となったこと — 風俗史・遊技史で扱われる ★★ [B: 二次資料]
  9. 現行刑法185条(賭博)・186条(常習賭博および賭博場開張等図利) — 現行法。条文はe-Gov法令検索で確認できる ★★★ [S: 現行法令]
  10. 賭け麻雀等の違法賭博・闇カジノの摘発が現代でも報道されること — 報道による周知の事実。摘発の頻度や規模を統計として示すものではない ★★ [B: 報道に基づく事実]
  11. パリで1397年、労働日のカード遊びを禁じる布告が出されたと伝えられること — ヨーロッパのカードゲーム史でしばしば言及されるが、年次・詳細には文献間で異同がある ★★ [B: 通説・年次に異同]
  12. イギリスにおける18世紀のトランプへの物品税導入、スペードのエースへの証紙義務化、1765年頃の国指定印刷者による一元的な印刷への移行、1960年の廃止 — イギリス社会史・税制史でしばしば紹介される事実 ★★ [B: 通説]
  13. 韓国の花闘(화투)が日本統治時代の花札の伝来に由来し、고스톱等の遊び方が国民的に親しまれていること — 韓国の民俗・遊戯史で広く知られる ★★★ [A: 定説]
  14. 中国・東南アジアにおいて麻雀等の牌遊びが家庭内の少額の遊びとして広く親しまれる一方、営利目的の賭博は法で禁じられていること — 各国法制の概況として広く知られるが、規制の具体的な運用は国・地域により異なる ★★ [B: 概況・地域差あり]

本記事の記述は上記出典に基づく。最終確認日 2026年8月27日。 / 出典と確度の管理は資料庫の台帳に集約し、編集・出典ポリシーに基づいて更新する。

版 20260902 1152